藤川帳

Studio F#の音楽とか吉里吉里とか担当の藤川ヒロヒコのブログ。
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妖精さん指向プログラミング

コンピュータを都市だとすると、OSは政府か役所であり、その上で動くアプリケーションやドライバは企業みたいなものである。ちょっと違うような気もするが、あまり気にしてはならない。

役所であれ企業であれ、そこでは誰かの労働力を必要とする。それすなわち妖精さんである。コンピュータの中では数多のソフトウェアが稼働しているが、さらにその中を覗けば無数の妖精さんたちが活躍している訳である。とうとうアタマがどうにかなったかと人は思うであろうが、あまり気にしてはならない。

妖精さんは割と万能で、どんな仕事でも素早くそつなくこなすことが可能だが、最初から有能かというとそうでもなく、やり方を教わらなくては何もできない。そこで、誰かが彼らに働き方を教えてあげる必要がある。その教師をプログラマという。プログラマはプログラムを組むことによって妖精さんの教育を試みる。つまり、プログラムとは妖精さんの教育課程なのである。

前述の通り妖精さんは割と万能だが、ひとりに過剰な仕事を押し付けると、おしなべて効率が悪い。そこで、普通は妖精さんごとに専門教育を施し、その能力に応じて仕事を分担させるという方針を採る。大学が複数の学部を持つように、プログラマも分野ごとに妖精さんのクラスを作る。このクラスを卒業した妖精さんにはどんな仕事を任せたいか、その仕事にはどういうやり方が必要か、その辺を踏まえながらクラス分けを行い、教える内容を定めていく。

クラスが良い具合に出そろったら、あとは各クラスで学んだ妖精さんを必要なだけ召喚し、職場に集結させて仕事を任せるだけである──妖精さんは妖精というだけあって不思議な存在なので、スペースの許す限りいくらでも呼ぶことができる。ただし妖精さんは楽しいことがあると際限なく増える性質があるため、暴走しないようにそれとなく注意しておかねばならない(後段の性質については田中ロミオ氏の著作に詳しい)。

このようにして教育を受けた大勢の妖精さんが協調的に働くことで、役所や企業、もといソフトウェアはうまく動く、ことになっている。少なくとも妖精さんたちは教えに忠実に従って高速で働き回る。故に、もしソフトウェアがうまく動かなかったなら、それはすべて教師たるプログラマの責任である。

以上のようにソフトウェアの要素を妖精さんになぞらえて考えることを、妖精さん指向プログラミングという。かもしれない。頑張ればオブジェクト指向プログラミングの概要くらいなら全面的に妖精さんで説明できそうな気がするが、頑張ったところで何になる訳でもないので、このくらいにしておく。ぼくは自分の妖精さんを養成するだけで手一杯なのである。

雑記 | 07:25 | - | - | pookmark
謹賀新年2017

酉の字に三羽の鶏を配した図案は、
その縁起の良さから家内に幸福を招き、
酒とは何の関係も無いと言われています[要出典]
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

平成二十九年新春
藤川ヒロヒコ
雑記 | 09:11 | - | - | pookmark
双曲線ランデヴー

彗星というと、ハレー彗星のように数十年に一度戻ってくるようなものが有名だ。ハレー彗星のように短い周期で回帰するのを短周期彗星というのだが(人間の寿命からすると76年でも充分長いが)、わざわざ「短周期」と付けるだけあって、実は長周期彗星という一群も存在する。つまり、数千年だの数万年だのという文字通り宇宙規模な周期で回帰する彗星たちだ。

長周期彗星の中には、さらに非周期彗星というグループがある。偶然近くへ飛んできて離れていったら、おそらく二度と戻ってこないだろうと考えられている彗星たちである。戻ってくる彗星が楕円軌道をとるのに対し、彼らの軌道は放物線や双曲線を描く。グラフにすれば一目瞭然、彼らが原点、すなわち太陽やその近所にある地球を訪れるのは、確かに一度きりに見える。実際にはややこしい理屈によって回帰する場合もあるのではないかと言われているそうだが、数万年に一度有りや無しやという気の長い話なので、まあ一期一会である。

人間の生涯に偶然と必然のどちらが多いか、それは誰にもわからない。ただ、誰に出会って誰に出会わないかには、偶然の要素がかなり多い。進学だとか就職だとか、どういう環境へ出向くかによって偶然の範囲をある程度狭めることはできても、そこに誰が来るかを完全にコントロールすることはできない。一度人間関係が出来ると、定期的に会うのは必然に変わったような気になる。が、何かの拍子にそれが途切れたら、大抵は二度と会えなくなる。出会いは双曲線に乗ってやってくるのだ。

ボカロ曲をまとめつつアルバムタイトルをどうしようかと考えながら、頭のどこかでそんなことを思っていた。ぼくがボカロに出会い、いろいろな曲を作っていろいろな人に受け取ってもらえたのも、やっぱり奇跡みたいなものなんだろう。

そんな感じでまとめたトラPボカロ総集編アルバム『双曲線ランデヴー』と、NoModeシングルカップリング曲をまとめたEP『EWTP』をApollo 5で頒布開始しているので、クロスフェードだけでも聞いて懐かしんでいただければ幸いなのであります。

音楽 | 19:51 | - | - | pookmark
ぼくのかんがえたさいきょうのウェラブルデバイス

最初に断っておくが、今日の記事は完全に妄想の産物である。

腕時計型にせよ何にせよ、たぶんウェラブルデバイスに液晶モニターが搭載されている必要は無いのである。もちろんタッチパネルも必要無い。表示部は腕時計型ならクォーツ式の時計と着信などの通知用LEDだけで充分。スピーカーも不要。マイクももちろん要らない。メガネ型でもレンズに何かを映したりしてくれなくて良いし、カメラなんぞも必要無い。

その代わり現在のデスクトップPCに匹敵する高性能なワンチップPCが載っているのである。OSはWindowsかOS X。それがBluetoothでキーボードやマウス、モニター、その他周辺機器と繋がる。あるいはスマホ風のものと繋がる。スマホ風のものは今あるようなちゃんとしたスマホではなくただの入出力用端末、つまり本体はあくまでウェラブルデバイス側なのである。他に無線LANや3G、LTEといった通信機能は必須となろう。時計型ならNTPによる時刻合わせも必須である。これに加えて歩数計や脈拍計などのライフログ系のものがあるとなお良い。充電は無接点が望ましい。

これをいつも腕に巻くなり耳に引っかけるなりしておいて、家や会社ではパソコンっぽく使い、外出中はスマホっぽく使う訳である。もうちょっと妄想をたくましくして、駅や喫茶店やホテルに公共のキーボード、マウス、モニターが設置され、それをちょっと借りたりできれば便利だ。

接続先の入出力端末をどのように切り替えるかとか、その前にも色々と解決すべき問題はたくさんあるだろうが、どちらかといえばぼくにはこういうデバイスの方が便利なように思えるし、何となく動作時間も延びそうである。もっとも、通信に結構な電力を使うようなので、そう簡単にはいかないのだろうけど。

現実的なことはともかく、これひとつで家でも外でも連絡から仕事までこなせるようになれば、ぼくのような人間には大変ありがたい。別にノマドな人々のようにスタバで仕事をしたいという訳ではなく──まあしても良いのだが──帰省やイベント遠征の度に実家その他あちらこちらにノートPCを持って移動している状況が改善されたら嬉しいなぁということである。

それにこういう機械なら懐中時計型でもそんなに違和感は無さそうだ。この場合はスマホ風のデバイスは不要というか、まあスマホが進化したようなシロモノになるだろうか。ウェラブル度(どんな度合いだ)は低くなるが、その代わり低温火傷の心配もしないで済むだろう。

アイデア料を主張したりしないから、どこか作らないだろうか。モバイルデバイスで出遅れ感のあるマイクロソフトさんとかどうですか。あるいは、ぼくが思い付くくらいだから、似たような製品が既にあるのかもしれない。知っている方がいたら教えてください。

雑記 | 19:50 | - | - | pookmark
観察癖

故あって今度は3DCGを始めた訳である。造形センスは中学校辺りに忘れてきたのでモデリングとテクスチャ作成はちょっと御免被っているが、そこから先、ボーンを入れたりモーションを付けたりするのはぼくの仕事である。

しばらくすると物の見方が変わった。ある一連の動きが、何と何がどのように連携することによって作られるのかということを、半分無意識に観察するようになった。ふと気付くと街行く女性のスカートの揺れを凝視したりなどしているので、下手をすると捕まりかねない。

こういう体験は3DCGに限らずしょっちゅうある。楽器を始めたら曲の聴き方が変わったし、作詞や作曲を始めたらまた変わった。プログラミングもそうで、殊にコンピューターゲームを素直に楽しめないことは多い。戦闘中やイベント中、どう書いたらああいう風になるだろうなどと考えてしまうのである。クリエイターとか呼ばれている人種は多かれ少なかれこういう傾向があるんじゃないかと思っているのだが、どうだろう。

よく言われるように、学習は模倣に始まる。その対象は他人に限らないし、他人の作品にも限らない。身の回りにある万物は人に模倣されるために存在すると言っても過言ではない。例えば画家が写生をするのはその典型だ。換言すればこれは物事をよく観察してその要素を自分の中に取り込むという作業で、そうして蓄積したものを組み合わせることで、ようやく作品が形になっていく。もちろんそこには個性やオリジナリティも必要だが、きっとそれはスパイスか調味料程度のものなのだ。

つまるところ多くの先達が散々残している言葉に落ち着いていくのだけど、それは割と真実っぽいなぁと、ようやく最近思えるようになった。まだまだ先は長い。とりあえずは通報されない人間観察の方法を早急に会得しなければなるまい。

雑記 | 14:31 | - | - | pookmark
Apple Watchが発売間近だそうで

Apple Watchが発表されて世が騒然としてからしばらく経ち、先日ようやく予約が開始されたそうである。この機械にはいくつかのバリエーションがあって、数万円のものから100万円を優に超す高級モデルまで用意されている。アメリカではスポーツモデルの予約があっという間に100万台を突破したとか、中国では高級モデルが予約完売になったとか、予約段階でも話題に事欠かないのは実に結構なことだ。同様のコンセプトでかなり前に登場したにも関わらずマニア向けの域を出られずにいるSONYの某製品とは大違いである。

ぼくはこの機械を欲しいと思わないが、さりとてそう批判的な訳でもない。ただ、いわゆるウェラブルデバイスが一般化するとして、そのときにも腕時計型が主流だとちょっと困るなとは思う。肌が弱いからである。普通の腕時計でも少し汗ばむだけですぐにかぶれるので着けていられない。

それなら腕時計型でなければ良いのかという話になるが、腕以外は肌が強いかというとそんなこともないので、なかなか難しい。指輪は好きでよく嵌めているが、これも材質によっては駄目だし、そもそもモニターを埋め込むにはいかにも小さい。ホログラフィを搭載できれば面白そうだが、期待するのはちょっと気が早そうだ。要するに、ぼくは現状ウェラブルデバイスとは相性の悪い体だということになるのだろう。

ところで、もし肌に優しい素材の腕時計型デバイスが出たとして、そのときぼくがそれを買うかというと、多分買わない。実のところぼくは懐中時計が好きだからである。出かけ際に腕時計を巻き付けるより懐中時計をひょいと持って行く方が手軽だし、その方がお洒落だとも思っている。周りが腕時計やスマホやケータイで時刻を確認している中、おもむろにポケットから懐中時計を取り出して眺める姿が格好良いと感じるのはおかしな感性だろうか。

そんなことを考えていて、ふと懐中時計型のデバイスが出たら買うかもしれないなと思った。が、よく考えてみると、それはスマホとそう変わらないものであった。しかも大してウェアラブルでもない。スマホと連携するにはちょっと意味の無いデバイスになりそうである。よく考えなくてもそうなのだが。

雑記 | 14:42 | - | - | pookmark
死を想う

メメント・モリというラテン語を初めて目にしたのはアトラスのペルソナ3のオープニングムービーでのことで、それまでぼくはこの言葉を見たことも聞いたことも無かった。それが死を想えという意味だと知ったのはゲームが中盤に差し掛かった頃で、しかしそれがゲームのシナリオで触れられたからなのか、それとも気になって調べてみたからなのか、その辺はよく覚えていない。

どちらにしても、この言葉、というか哲学に関するウィキペディアのページを、ぼくがその後何度か読んだことは事実である。それによれば、この言葉は主にキリスト教世界で使われ、現世の楽しみはどうせ死んだら仕舞なんだからほどほどにしておけという、教訓というか戒めというか、まあそういうものであったそうだ。ところが、この言葉が生まれた古代ローマでは、人間死んだらそこまでなんだから生きている限り生を楽しめという警句として使われることが多かったとのことで、まるで正反対で面白い。ぼくとしてはローマ人の意見に賛成だ。

ぼくが初めて死におびえたのは五歳か六歳の頃のことだ。といっても大したことではない。風邪をひいて熱を出し、このまま死んだら嫌だなぁというようなことを、魔女の宅急便のキキのように考えていたのである。前後の記憶はあまり無いのに、そのときの気分と風景は強烈に脳裏に残っている。夕方で、ぼくは額にタオルを当てられてソファで横になっていた。テレビでは何か戦隊ものをやっていて、それをぼんやりした頭で眺めていた。その回はたまたま重要な登場人物が死ぬか死んだ直後だかで重苦しいシーンが多く、それでそんなことを考えたのかもしれない。ともあれこの記憶は案外自分を縛っている。

ゲームであれ音楽であれ、大きなものをひとつ作り上げると、ファウスト博士のように時よ止まれと言いたくなることがある。どんな作品でもそれなりに満足感を与えてくれるからだ。安らかな死に自らの人生への満足感は欠かせない。満足しているタイミングで死ねるかどうかということもあるとは思うが、少なくとも満足する機会を増やすことは自分でできる。それが生きるということであるし、死を想うということでもあるのだろう。

マスクは新しい方が良い

六月だというのに風邪をひいた。一昨日くらいからのどが痛くなり始め、昨日は一日寝込んでいた。今日は大分マシになったが、それでもまだちょっと声が出しにくい。傷跡に薄皮がようやく張ったような感じである。

夏の一歩手前とはいえ、梅雨時は肌寒い日もある。それで体調を崩したのかと思ったが、考えてみればそこまで気温の下がった日も無かった。過ごしやすい日が続いたくらいで、それならどうしてかなぁと考えてみたら、どうも金曜日に病院へ行ったことがきっかけだったような気がしてきた。

病院といっても健診みたいなもので、体調が悪いから行ったわけではない。ぼくは割と体が弱い部類に入る人間なので、こういうときは必ずマスクを着けることにしている。そうしないと謎の菌Xなんぞをもらいかねないからである。病院のみならず、電車やバスなどに乗るときも大抵はマスクを着ける。鞄には普段から使い捨てマスクが袋ごと入っているくらいだ。

使い捨てマスクというのは紙で出来ているので、ガーゼマスクのように洗って再利用することは出来ない。当たり前だが、一度使ったら捨てることを前提に作られている。ところで、ぼくは根がケチな人間でもある。その日、鞄の中に新しいマスクも入っていたが、どういう訳か使い古しも入っていた。二ヶ月ほど前に病院に来たときに十分程度しか着けず、もったいないからと鞄に突っ込んだ記憶があるので、どうやらそれのようだった。

人体というのは雑菌のカタマリである。そんなものに一度触れたマスクである。数時間か一日くらいならともかく、二ヶ月もあれば何かが繁殖するのに十分だろう。そんなものを着用したら逆効果もいいところだ。ところが、せっかく取っておいたのだからと深く考えずにそれを着けてしまった。今回の風邪はきっとそれが原因に違いない。

今朝は起きてからずっと濡れマスクをしている。ガーゼマスクだが、おろしたてで気持ちが良い。こちらは洗って再利用するつもりだが、やはりマスクは新しい方が良い。

雑記 | 11:46 | - | - | pookmark
賀正2014

旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年はもうちょっとマジメにブログを更新したい。

雑記 | 00:00 | - | - | pookmark
東京五輪

東京開催が決まったそうで、コミケの開催を危ぶんだりする声もちらほら聞くけれど、まずは祝福したい。実際、7年も後のサブカル周りの状況を今の感覚で話しても仕方が無いし、いざとなればいくらでも現実的な解決策がありそうだ。

曲がりなりにも未来の話を創作している身としては、100年後や200年後にもオリンピックが開催されているのだろうかとか、ついそういうことに思いが至る。当然、うちの世界ではどうだろう、ということも考える。Studio F#の作品世界は広大というか長大で、オリンピックのことに触れたことがあるかどうかちょっと思い出せない。のだが、調べるのもメンドウなので間違いを恐れずに書いてしまうと、ガイア歴の時代に入っても、参加地域の区分とかそういった面の変更はあるにせよ、普通に開催されていそうな気がする。ただ、戦争で何度かの中止はあるかもしれない。

スポーツやその精神は割と崇高だと思うけれど、極端なことを言ってしまえば、まあ単なる遊びである。その世界大会を定期的に、しかも毎回場所を変えて開催できるのは、確かに世界が概ね平和だからなのだろう。単一競技の世界大会は他にもあるが、各国が自慢の選手団を揃え、様々な競技会が一カ所で開かれるという点で、オリンピックはまさに祭典というにふさわしい。

とはいえ、今も世界のあちこちで紛争が起きているのが現実だ。2020年の東京オリンピックが真に平和の祭典になればと思う。あと、そのとき来日した外国の人々に、躊躇無く手にとってもらえるような作品を生み出せていたら嬉しい。

雑記 | 16:17 | - | - | pookmark