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八月の空気をガラス越しにぼんやりと眺めていた。年々暑さが厳しくなっているみたいだなどと誰もが言うが、一九九九年も、夏は同じくらい無慈悲だったような気がする。
その時僕は、大学生活最初の夏休みを病院のベッドの上で過ごしていた。勢い込んで海に行き、できもしないのにサーフボードの上に立とうとして転倒し、溺れこそしなかったものの、ボードで胸をしたたかに打ったのだ。肋骨というのは折ると痛いものだと思った。
入院生活は暇なようで忙しかった。大して治ってもいないだろうに、来る日も来る日も検査があった。それに、毎日のように代わる代わる見舞いが来た。友人たちも何しろ夏休みで暇だったのだろう。中には二回来た奴もいた。一度など、あまり大勢で来たもので、病室を追い出されたこともあった。今になって思えばありがたいことではある。
そんなある日、二年後輩の女の子がひとりで病室を訪ねてきた。三年間見慣れた制服が懐かしかった。
「なんだ、元気そうですね先輩」
と彼女は言った。
「もう少し痛そうにしてるかと思ったのに」
「痛いんだけどね、これでも」
「どこでしたっけ」
「肋骨」
「肋骨っていうと……」
手を伸ばしてきたので慌てて身をよじった。
「逃げることないじゃないですか」
「逃げるだろ、普通」
冗談ですよ、真剣な顔しないでくださいよ、と彼女は声を抑えながら笑った。
「で、今日はどうした」
「どうって、お見舞いに来たに決まってるじゃないですか」
「ひとりで?」
「そうですよ」
「篠村は?」
「……今日は、ちょっと」
彼女はふいっと目を逸らし、それでもすぐに表情を整えて、僕の手元を見た。右の人差し指に嵌めていた指輪に目を留めて、くださいよと言った。今度は冗談めかして嫌だと言うと、彼女は残念そうに笑った。
窓の外に何か鳥が来て、少し羽根を整えて飛んでいった。病室はエアコンが効いていたが、外はいかにも暑そうだった。
「……先輩」
「ん?」
「滅びませんでしたね、世界」
ああ、先月のことかぁ、と僕はわざと大仰に言った。当時はノストラダムスの大予言がちょっと流行っていて、それによると、この年の七月に何かが起きることになっていた。もちろん何も起きはせず、世紀末はあと一年半残して終わってしまったような気がしたものだ。
「世界なんてそうそう滅びるもんじゃないよ」
「そんなことないですよ」
彼女はまたふっと顔を逸らして、微笑んだように見えた。
「世界って、人なんですから」
それからもう少し言葉を交わしたが、何を話したか忘れてしまった。最後に彼女は「また会いましょう」と言って、ベッドの傍らの椅子から立ち上がり、僕を見下ろして小さく手を振った。そのときの笑顔が変に明るくて、壊れてしまいそうなくらい完璧で――あるひとつの世界の強烈な印象として、それは今も僕の頭にこびりついている。